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2005-08-11-02-Life for? for Life?

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最終更新日付:2014/01/10 08:19:56


Life for? for Life?

2005 年 08 月 11 日

ゆっくりと文章をタイプする時間もない。なぜにこんなに忙しいのか。無駄に忙しい人生というのも考えものだ。今日はたまたま会合待ちで時間が開いたのでスターバックスでこれを書いている。なぜだかスターバックスばかり登場するが、実は自分は珈琲が飲めないお子様。でもそんなことはどうでもよい。久しぶりに自分のサイトのことを考える。そういえばウチは Palmware 専門のサイトではなかったよな。Palmware 以外の作品、結局作りかけで放置状態だ。嗚呼。

結局のところ、普通に大人の責任背負って一人前に働いていたら、それ以外のことをあれもこれも満足にできるわけがないのだ。今さら書くようなことでもないが、なんとなくそれを痛感した次第。自分のように 30 にもなって独身の半端者でさえそうなのだ。きちんと家庭を持ち、子を育てている人が定期的に開発をしたりサイトを維持しているのを見ると、これはもう賞賛に値するという他ない。

「生きるために仕事をするのか、仕事のために生きるのか。」──見飽きた印象派の絵画のようにあくびの出そうな、しかし誰とて一度は自らに問うたことがある問題だろう。僕もそうだ。そして回答は時として変化するし、問題そのものの意味さえも変化するのだ。

生きるためだけに仕事をしている人にとって、その仕事は虚しいだろう。そしてそのような人の人生が仕事のためだけに存在するなら、その人生もまた虚しい。しかし、仕事にそれ以上のものを見出せるのであれば話は別だ。仕事は決して虚しいものではなくなるし、人生が仕事で塗りつぶされていようとも決して虚しい人生ではないだろう。

「何もしないで過ごすには人生は長すぎる。何ごとかを成すには人生は短すぎる。」という台詞を読んだのは何時、何処でだったろうか。あの頃、その言葉を噛みしめるには僕は少しばかり若すぎた。そしてあの時の自分には時間があり過ぎた。決して無為に過ごしていたわけではないにせよ、今にして思えば若い頃は散々時間の無駄遣いをしたものだ。あの頃の自分に説教をしてやりたいが時はすでに遅すぎる。時は金なり。アインシュタインも時間と空間の同等性を主張したが、さりとて時間を土地のように売買することなどできるわけがないし、将来においてもそんな夢は実現しないだろう。所詮死ぬまでが人生なのだし、人間死ぬまでは立派に生きるべきなのだ。やり残したことを指折り数えてたら何時まで経っても往生できん。それよりも、やり直したいことの数を数えて、その少なさに安堵してこの世を去りたいものだ。

やれやれ。とりとめもまとまりもあったもんじゃない。開発しよ。

 

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