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2005-12-16-02-続:金目当ての国(および金ずくの国)

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最終更新日付:2013/12/31 07:39:47


続:金目当ての国(および金ずくの国)

2005 年 12 月 16 日

project-enigma は政治経済を語ったり国家の心配をするためのサイトではない。しかし、書かねばならぬと判断すれば書く。陰郎はソフトウェア開発者だ。一応エンジニアの端くれである。そんな市井の職人から、政治・経済・会社経営といった分野に身を置くお歴々に届かぬ声を上げておこう。職人が政治・経済を心配せねばならない世の中であるということは恥ずかしいことだと自覚していただきたい。職人には職人の仕事があるのだ。下々が仕事に集中できる環境を整えるのが上に立つ者の勤めのはず。景気や国際情勢のせいにするのもいいが、一度くらいは「力及ばずで申し訳ない」と頭を下げてみろ。それが誠意というものだろう。

mizuno-ami 氏は、2004/12/14 の日記の中で陰郎の先日の日記に対して、次のように書かれている。

でも、私のような貧乏サラリーマンでも、それなりに物欲に走って物を買ったりできるわけで、やはり日本は「豊か」なんでしょうね。金がない、金がない、と毎年、労働組合等が一家で首をくくらんばかりの文句を並べた春闘ビラを配ったりしているわけですが、ウチの会社でも、満額回答じゃなくても誰一人として生活苦を理由に首をくくった人はいません。要するに、単に交遊費や娯楽費を切り詰めるだけのことであって、金がなくても、まだまだ余裕があるので「痛み」は感じないんでしょう。

そのとおりだ。生活苦で首を縊ったという話はそうそう聞かない。日本はまだまだ豊かなのだ。残念ながら無駄に豊かだと言っても良い。なぜなら、国民がこのしらけた豊かさに呆けているがために、「遊ぶ金が減る程度で済む」ようにじわじわと絞ることができてしまっているのだ。そして今後、気づかない程度のスピードで徐々に生活レベルは落ちていくかもしれない。沸き立つ熱湯のなかに魚を放り込めば大暴れするが、水の状態から徐々に熱していけばおとなしく煮られてくれるのと似ている(やったことはないが)。気づいた時はもう手遅れというわけだ。

さて、先日のようなことを書いて現代の資本主義を批判したからといって、陰郎が時代錯誤の共産主義者だと勘違いしてもらっては困る。陰郎は正真正銘の保守本流である。全体的に緩やかな左傾状態の日本の大気から見れば右寄りに見えるかもしれないが、陰郎自身は右だの左だのという頭の悪い議論には興味がない。陰郎が理想とするのは、理想・理念・道徳・大義といった強固な土台の上に立つ現実的な妥協である。そういった土台がなければ足元が怪しくなり、空気の流れになびいて右にも左にも傾くだろう。そして金にも傾くだろう。すでに日本全体がそうなりつつある。金目当ての国、金ずくの国である。国家の防衛でさえ金を払って済ませようとするのだ! 理念や大義が重たいからといって投げ捨てた結果として金にしがみついているのでは世話はない。

すでに足元のふらついている企業や人間は国家のお荷物である。恥辱であるといっても良い。そんな企業や国民の重みで日本は沈みつつある。まだしっかりと両足で地面を踏みしめることのできる人間が将来を背負っていかねばならんのだ。まだ手遅れでないことを切に祈る。

 

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