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2005-12-22-01-Works,on stage

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最終更新日付:2013/12/31 07:39:47


Works,on stage

2005 年 12 月 22 日

学生の頃、音楽をやっていて、舞台に興味を持った時期があった。たいした音楽の才能もなかったくせに、別の表現の可能性に憧れたのだ。舞台といっても、ミュージカルや演劇の類ではなくて、単独でやるやつだ。舞台という表現も適切でないかもしれない。スピーキング、といってもヒップホップやラップとも違う。ヘンリー・ロリンズとかでわかってもらえると話が早いのだけど、それもちょっと違う。あるいは芸風は極端だが鳥肌 実とか。イッセー尾形も好きだが、これまたちょっと違う。ブリクサ・バーゲルトのそれは陰郎の理想に近いけれど、これまた何人くらいの人にわかってもらえるやら。

だらだらと伝わらない話を書いていても仕方がないので、本題にはいろう。舞台の上では、一人芝居であれなんであれ、人はなんらかの役を演じるものだ。その舞台上で展開されるストーリーにおいて、それぞれの役割は確固とした意味をもつ。大した意味でないこともあるけれど。それぞれがそれぞれの役割をきちんと果たすことによって、初めて舞台は成立する。それは、その舞台が作りださんとする何かが成立するということだ。

で、舞台の下でも同じことが言えるのではないだろうか、というのがこのエントリの主題である。舞台の下といっても、観客席のことではない。たとえば、日常生活とか、仕事とか、人間関係もそうだし、さらに言うなら個人の人生もそうだ。全てがある意味において「舞台」であり、それぞれの舞台でそれぞれがそれぞれの役割を演じているのである。「何か」のためにね。

もちろん、手に入れたつもりの役割が見当違いということもあるだろう。所詮は主観によって与えられるところのものである。自分の役割を見出すことができないかもしれないし、果たすべき、あるいは果たさんとする役を首尾よく演じきれないかもしれない。演出家のいない舞台の上で、全ての人が迷いながらも何かを作りあげようとしているのだ。あるいは世の中というのはそんなところかもしれない。

陰郎は、いろいろな局面で自分の役割というものを考えることがある。たとえばPalmware 開発者としての自分は、Palm ユーザー達が依って立つ舞台の上でどのような役割を果たすべきだろうか。また、仕事では? 自分自身の人生という舞台では? もちろん、「正しい答え」が見つけられるなどと思い上がってはいけない。それでも考えることが無意味だということには決してならないし、有意義な人生を送りたければ考えることを止めてはいけない。願わくば、この舞台が失われんことを。

 

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