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2006-03-23-01-視線の先

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最終更新日付:2013/12/31 18:38:06


視線の先

2006 年 03 月 23 日

忙しいので元記事を読んでいないのが申し訳ないが、「がじぇいる(Podcasting+Blog)」の 2006/03/23 の記事で、ゆーま氏が以下のように書いている。元記事へのリンクは実際にゆーま氏のエントリを確認してほしい。

NTT和田社長が、「電電公社時代の資産はすでに株式にして国に返しているし、光ファイバは民営化後しばらくしてから本格的に着手したもの」との発言の後「電話網を国民のものというのはやめて欲しい。あれは株主のものだ」と語ったそうだ。

これにたいして、ゆーま氏は以下のように書いている。

こんなことを公共性の高いインフラを維持する企業のトップが語るとは信じられない。というか、情けない。

まったくの同感だ。公共性の高い・低いにかかわらず、すべての企業は何らかの意味で「公に供する」べきものである。市場原理のもとで企業どうしを競争させるのは、その方が公益の促進にかなうと判断されるからこそであり、公に供するからこそそれが許されるのだ。私益「だけ」を追求するような企業には、競争に参加する資格すらない。

あまり「公に供する」などと連呼すると「お国のために」的な解釈をする国家アレルギー患者もいるだろうから、そのような方は「公共の福祉」的な解釈をしていただけるとうれしい。すくなくとも「あれは株主のものだ」などと妄言を吐く経営者の視線は利用者たる国民の方を向いていない。その視線の先には株主と金しかないのだ。もちろん、株式会社という枠組みの中では経営者は株主のために働くものである。しかし、それをどう心得違いをしたのか「公益は二の次、顧客など知らん」と言わんばかりの妄言を吐くとは。経営者以前の問題だ。人間の程度が知れる。

民営化したらもう電話網は社会インフラではなくなるのか? 光ファイバ事業にしたって、民営化後に着手したのであればそれは社会インフラではないのか? 「民営化=公共性の免除」という等式が成り立つとでも思っているのか? 寝言は寝てから言うものだ。豆腐にでもぶつかって人生やり直すがいい。

# ゆーまさん、トラックバックを投げてみたのですが、隣のエントリに当ててしまいました。申し訳ありません。

 

コメント

ゆーま - 03/23/2006 03:43:18 PM

トラバもねらいが外れるとは(笑)

とまぁ、冗談はそこまでにして、『豆腐にでもぶつかって人生やり直すがいい。』というコメントが気に入りました。

しかし、NTTにとってこんな人がトップだとは、とても不幸なことですね。

陰郎 - 03/24/2006 01:38:44 AM

> ゆーまさん

コメント有難うございます。

豆腐にぶつかって『死んじまえ』ではちと穏やかでないなと思いまして。しかしあれですね。公共心を忘れてしまった大人が多すぎますね。残念ながら NTT に限った話じゃないと思いますよ...本当に残念なことですが。

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