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2007-07-18-01-タブロイドと、いわゆる「責任の所在」。あと参院選。

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最終更新日付:2013/12/31 07:38:21


タブロイドと、いわゆる「責任の所在」。あと参院選。

2007 年 07 月 18 日

6月から電車通勤をしている。見知らぬ顔の見知らぬ誰かさんたちと電車に乗り合わせての通勤である。基本的に人嫌いな陰郎なので満員電車は苦手だが、幸い都心から郊外に向かう方向の電車なのでそれほど混まない。よって良しにつけ悪しきにつけ人間観察をする程度の余裕はある。

時折、駅の売店やコンビニでしか売っていなさそうな新聞を読んでいる人がいる。タブロイド紙というやつだろうか。陰郎は駅売りの新聞を買ったことがないので良くはわからないが、精一杯良い表現を探しても「挑戦的な1面」である。有体に言えば現政権だか首相だか内閣だかに対する罵詈雑言である。それによれば、首相は「無能」であり、「救いようがない」のだそうだ。ふむ、きっと偉大な人物が記事を書いたのだろう。

陰郎は政治についてそれなりに自分の意見を持つよう心がけている人間ではあるものの、それよりもまず国民としての義務を果たすべく勤労に精を出す一庶民である。よってプロの仕事人として一人前でいるための努力をおろそかにしてまで政治に首を突っ込むほど無責任ではない。だから陰郎としては、自分は「時の首相や内閣が無能か否か」についてどうこう言う立場ではないという認識でいるが、もしそうであるならばひとまずは残念だし、早く代わりになる為政者を探さなければならないと考える...もしそうであるならば、だ。

しかし、重要なのは、代議制に基づく民主主義では、最終的な責任は国民の手の中にあるということだ。当たり前だろう。我々が投票したのだから。確かに首相や内閣は国民が直接的に投票したわけではないが、少なくとも間接的には選んでいることになる。だから、政権が「無能」なのはそれを選んだ有権者にも責任がある、ということになるのも当然だろう。陰郎は選挙とあらば国会から区議会まで必ず投票に行くし、自分の主義主張にもっとも近い候補者が誰かくらいは調べることにしている。だから陰郎にも責任があるわけだ(陰郎が過去の選挙で現政権を支持したと明言しているのではない。それについては最後に書いておく)。

ということは、件の新聞は有権者 ── 少なくとも「批判」の対象を支持した有権者 ── 全体に向かって罵詈雑言を書き散らしているに等しいということになる。さらに言えば、その新聞を作っている人々も有権者なのだから天に向かって唾しているということでもあるだろう。有権者一般の責任において議会政治が執行されるのは代議制民主主義の基本のはずだ。義務教育を受けていれば知っているはずなのだが、件の新聞はそれを失念しているのだろうか? そうでなければ義務教育を受けていないか、あるいは別の目的のためにわざと忘れた振りをしているのかもしれない。別の目的 ── 過激な内容で少しでも部数を上げたいとか? あるいはそんなところかもしれない。読んだわけではないから憶測に過ぎないが、文面に「我々はなぜあんな無能な首相を選んでしまったのだろう?」というような悔悟の一文があるだろうか? おそらく無いだろう。それは「自分達が選んだ」という認識がないからだ。そして、そんな新聞を読んでいる人も同様にないのだろう。あれば恥ずかしくて(あるいは馬鹿馬鹿しくて)読んでいられないだろうから。どういう意識や態度の積み重ねがそのような紙面を生むのかは想像つきかねるが、間違いないと思われるのは、それが「誠実さ」ではない、ということだ。

参院選が始まった。またぞろ「名前ばかりを連呼」する候補者達が区内を我が物顔に走り回る祭典の始まりである。聞けば、候補者が選挙期間中に使用する選挙カーや拡声器の類は、しかるべき手続きを踏めば税金から支払われるそうじゃないか。我々は自分達で金を払って選挙期間中に騒音を聞いているようなものだ。「民主主義は、その国全体の民度を超えるものには決してならない」と言ったのは誰だったろうか。結局のところ、彼らが名前ばかりを連呼するのは「それが一番効果がある」からなのだろう。つまり、有権者が彼らにそうさせているのである。とても政治を真面目に勉強しているとは思えない顔ぶれが揃いも揃って名前の連呼に明け暮れ、まるで人気投票まがいの選挙結果で当選者が議会に送り込まれるのだ。まっとうな政治家だったらさぞ嫌になるだろう。そしてまっとうな有権者も。

最後に、念のために書いておこう。(結果的に)政権をとらなかった党に投票したり、投票に行かなかったからといって、いわゆる「責任」を免れるものではない。投票の結果は常に「多数決としての有権者全体の総意」である。だったら自分の頭でちゃんと考え、選んで投票に行ったほうがいいと思わないか? どっちにしたって勘定書きは自分のところに回ってくるのだ。ただし、投票に行くのならばちゃんと候補者の政見を調べて、ちゃんと選んで欲しい。有名だからとか、名前を聞いたことがあるからというだけの理由で選挙権を行使されるのは一国民として迷惑である。このままだと被選挙権や選挙権を「権利」でなく「資格」として扱わなければならなくなるぞ...という思いを以前から抱いているが、長くなるのでそれは別の機会に書くことにしよう。

 

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