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2007-09-06-01-追われる生活

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最終更新日付:2013/12/31 07:38:18


追われる生活

2007 年 09 月 06 日

...いや、別に指名手配されたとか、そういう話ではない。

今日は台風の影響もあって、職場では「皆で早めに帰宅しましょう」ということになった。実際問題、少し早めに帰宅したのは正解で、陰郎が自宅についた直後くらいに東京では雨が強く降り始めた。今夜はどうなることやら、といった感じである。

話を戻そう。そんなわけで、帰りの電車で珍しくも職場の同僚と乗り合わせたのだが、彼は明日1日夏休みをとる予定になっている。土日を含めた3日間、家から出る気はないとのことで、先日コーヒーを飲ませたところ動かなくなってしまったキーボードのかわりを調達しに、こんな天気の中を都心の電器量販店に行くつもりなのだそうだ。無事を祈る。

再び話を戻そう。そんな彼と電車中で話していたところ、彼の口から「暇を潰す」という言葉が出てきた。暇を潰す。その言葉を聞いて、会話を続けながら陰郎は考えた。

そういや、何年も「暇だ」と思ったことがない。

これを幸せなことだという意見もあるだろうし、それは実際そうだろう。だとしても、暇だと思わない理由が、「山のように積まれた『やらねばならないこと』に追い立てられている」からだとしたら、それは本当に幸せだろうか? まして、その『やらねばならないこと』が誰に強制されたものでもなく、全て自分の意思や性格、習性といったものから生まれたのだとしたら? もちろん、控え目に言っても同情の余地はないし、露骨な言い方をすれば自業自得だろう。だが今は同情を募るのが目的ではないし、自業自得を悔やんでいるような暇はない。

おそらく、陰郎は「なにもしていない」という状態を酷く怖がっている。何かしていないと、自分が無価値なものに思えてしまうのだろう。だから自分で「やらねばならないこと」を作り出し、それでもって自分を追い立てる。そしてそれに追い立てられるように生活しているというわけだ。

それを改めて確認したところで、自分の行動様式を変えるには至らないのだけれど。

 

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