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2007-09-11-01-殉教の論理

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最終更新日付:2014/01/01 13:39:49


殉教の論理

2007 年 09 月 11 日

最近、コメントを頂いたりエントリを取り上げてもらう頻度が上がっている気がする。そんなにセンセーショナルなことを書いているだろうか。まぁ過激なことは認めるけれども。

さて、昨夜のエントリで書いた内容に対して、shino-ji さんが 「 殉教者になれるのか 」 と自問するエントリを上げられている。陰郎から見ると、shino-ji さんというのはまさに体とデバイスと財布を張って Palmware を使い倒している方、という感じなのだが、「 殉教者になれるか 」という自問に対しては 「 残念ながら当方の場合はNegative 」 とされている。

でも、それでいいのではないだろうか。

第一に、陰郎は昨夜のエントリにおいて、読者に 「 踏み絵を迫る 」 ような意図があったわけではない ( この点で既に誤解された向きにはここで訂正しておきたい )。そもそも殉教者だってそれ以外の人だって、選択の余地はないのだ。殉教者というのものは一片の疑問も、他の選択肢も、可能性も、一切を顧慮せずに殉じるだろう。その意味で、そうでない人は望んでも殉教者になどなれはしない。そして、生活の主体として考える限り、「 現実的・合理的である 」 ことの方が余程上等ではないか、と陰郎は思う。

それに考えてもみて欲しい。殉教者的な情熱と信念を持ち合わせていなければユーザーになれないような、そんなデバイスはちょっとおかしくないだろうか? そういう意味でも、「 現実的・合理的 」 な人が選択するデバイスというものの方が重要だともいえると思う。それは陰郎がずっと言い続けてきた 「 日用品 」 という概念につながることなのだが、ちょっと論点がズレてきた感があるのでそれについては置いておこう。

少なくとも、陰郎は今の生活では(そしておそらくは今後も)PCの前に座っている時間が長すぎてワイヤレス接続の必要性をほとんど感じていない。そして伝統的な PIM が陰郎にとっての PDA のメインストリームである。マルチメディア機能にもほとんど依存していない ( 家にテレビがない人間が、PDA で動画を見るだろうか? )。だから、陰郎にとっては Palm を使い続けるという道は 「 現実的・合理的か 」 という問いに対して妥当なレベルで 「 真 」 と回答できてしまうのである。そういう意味では、陰郎は自分がどうかということについてはひとまずのところ判断を保留している。

しかし、アプリケーション開発者 ―― もっと限定するのであれば PDA 向けのアプリケーション開発者 ―― としては、おそらく陰郎に選択の余地はない。それは昨夜書いたとおりだ。Palmware を書かなくなったら、陰郎は昔のように PC 向けのアプリケーション開発に戻るだろう。WindowsMobile やその他のアプリケーションを書くことは、少なくとも現時点では選択肢にもならない。その意味では、開発者としては Palm に殉じるということになるのかもしれない。

 

コメント

shino-ji - 09/11/2007 08:46:58 PM

深いご洞察に毎度のことながら、敬服致します。

当方は気に入ったPalmwareを独断と偏見で勝手に紹介し、フリーウェアを公開して下さっている開発者には敬意を表すと同時にさらなるアップデートを迫るべくゴマをすり、時に気に入らないと判断したシェアウェアは役に立たないと斬り捨てるわがままなPalmユーザーであります。

いずれにしましても沢山のPalmwareを沢山の開発者の方々がリリースして下さっているからブログで紹介が出来る訳で、要は開発者の寄生虫なんですね。そんな寄生虫に殉教なんて本来おこがましい発想で、その辺でのたれ死ぬか、駆除されるかぐらいの存在なんですよね、きっと。でも、今は確実にPalm無くして日常は成り立たないことは事実で、陰郎さんのようにPalmと真剣に向き合い実用ソフトの開発や有用な情報提供を続けられる姿勢に憧れすら感じております。

陰郎 - 09/11/2007 09:10:18 PM

> shino-ji さん

どうも、「殉教」という言葉を使ってしまったがためにちょっと変な方向に話が傾いている感がありますね。傾いたついでに書いておくなら、陰郎の根底には唯物論的なものが流れているっぽいので、まぁ殉教には程遠いです。それをベースにして、観念論への憧れみたいなものがあったせいで「殉教」という言葉を使ってしまったのですが、本当に言いたかったのは「Palm の使いやすさ(少なくとも本人がそう思っているもの)のせいで他のデバイスを使う気になれず、共に滅ぶしかない」というような感覚で、よく考えるとそれは殉教とは違うかもしれないんですよね。

まぁそれはそれとして、ユーザーは開発者がいないと不便かもしれませんが、開発者だってユーザーがいなければ存在そのものを脅かされるんですから、陰郎個人としては両者は鶏と卵のような関係にあると思っています。ちょっと表現が変かな。(汗

葛西 - 09/12/2007 01:14:50 AM

PalmとWMの違い。

マーケッター志望の企画者として見ると、単にUIとコンセプトの違いに過ぎないっす。ただ、WMにターゲットがあるのかどうかは不明。CEは多少はターゲットが見えているが現実から乖離している感が…これがMSの実力なのかねぇ。

閑話休題。

>「 現実的・合理的 」 な人

が少ない、という時点で、Palm絶滅は日本を構成する人々の多くの「気質がもたらした結果」と割り切ってしまうワタクシです。

ちなみに、今の俺が、在りし日の日本IBMのWorkpadの販売戦略担当だったら、値段は\7万以上。各界の「できる人」をCMに起用して、参加費\2万以上のセミナーを開く。

つまり、権威を纏い、上層から切り崩しつつも、自分みたいな薄給の人間もテレビの買い替え我慢して買うくらいのものにし、ありがたみを更につける。

そして、一般的に認知されたころに低価格モデルを出す。

Palmの原点からは離れるけど・・・これくらいしか日本に定着させる案が出てこないよ。。。

いなあも - 09/12/2007 06:45:57 AM

開発者としては、「自分が使い慣れたプラットフォームでユーザが減るのは悲しい」と言う事くらいかな。僕にとっては、それ以上でもそれ以下でも無いです。

陰郎 - 09/12/2007 09:39:36 AM

> 葛西

日用品化の対極にあるような手法だな。しかし、おそらくその方法では定着させることはできないだろう。そもそも定着「させる」という意図がある時点で成功の確率は低い。

> いなあもさん

個人的には、「ユーザーが減る」、「悲しい」で済めばいいなと思いますが...

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