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2013-11-19-01-まぁその大半は年寄りだ

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最終更新日付:2013/12/31 07:35:01


まぁその大半は年寄りだ

2013 年 11 月 19 日

首都圏に住むヒト科の生物の大半がそうしているように、自分も通勤には電車を利用している。これが(自分に累が及ばない限りにおいては)興味深いもので、時には信じられないような光景に出くわすこともある。

一番多いのは電車待ちでの並び方だろう。路線や駅にもよるが、混雑する駅ではドアの開くあたりのホーム地面に整列のためのガイドラインが引いてある。そして、快速とか急行とか呼び名は色々だが、各駅停車以外の運行がある場合、並んでいる乗客の全員が次に来る電車に乗るとは限らない。だからガイドラインは2つに分かれている。次に来る電車に乗る人のための線と、その次に来る電車に乗る人のため線だ。そしてこのガイドラインにはしばしば「先発」、「次発」と明記してある。いささかわかり難い表記ではあるが、誤解を避けられない表記というほどのものでもない。大人として必要最低限の判断力があれば正しい理解ができてしかるべきものと言って良い。表記がない場合、その案内が通路の壁に貼り出されている場合もある。

問題なのは、これをまったく理解していないとしか思えないような動きをするものがいるということだ。誤解しているように、ではない。どのような理解もしていないように振る舞うのだ。たとえば、先発のラインに並んでおきながら来た電車に乗らずに留まったり、そもそもどの列にも並んでいなかったりする。若い個体の場合もあるが、まぁこういうのの大半は年寄りだ。自分はこういうのを「頭の不自由なヒト」と呼んでいる。

つい彼らは文字が読めないのだろうか、と思ってしまうが、さすがにそんなことはあるまい。ということは、文字が読めても意味が理解できないということになる。自分はこれを文盲ではなく「読盲」と呼んでいる。あるいは、救い難いまでに注意力が散漫とか。いくつか可能性は考えられるが、いずれにせよ困った存在である。

理解できるが従う気がないという可能性? だとしたらもっと始末が悪い。自分は彼らが悪人だとは思いたくない。だから、彼らを障害者だと思うことにしている。やれやれ可哀相に。

ちょっと毒が出てしまったようだ。話を戻すとしよう。この「頭の不自由なヒト」というのは、現代人の何割くらいだろうか。どうにも目立つ気がして仕方ないのだが、単純に悪目立ちするだけだろうか。彼らの社会的なプラスの価値(働いて税金を収めることとか、価値ある子孫を残すこととか)と、マイナスの価値(様々な局面で周囲に迷惑をかけることとか、害毒にしかならない子孫を育てちゃうとか、その他とても書く気になれないような諸々)のバランスはどうだろう? もし割にあわない存在なら、家畜の餌にでもしてしまうべきだと思うのだが(まぁ家畜が嫌がらなければの話だが)。

 

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