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最終更新日付:2014/01/08 07:43:16

僕のことを話そう

大昔に、何を思ったか書いたものです。今となっては気恥ずかしいですが、記念にとってあります。

 

僕は理屈っぽい子供だった。

たしか、最初は大流行した家庭用ゲーム機だった。
ゲームのかわりに、大きな ROM/RAM カセットと
キーボードをつなぐと、2KB のメモリ空間で
BASIC のプログラミングができた。
マニュアルに載っているサンプルを入力すると、
ゲームの人気キャラクタを動かすことができた。
プログラムの意味なんて全然理解できなかったけど、
10 歳にもならぬ僕は夢中になった。

しばらくすると、そのプログラムを自分で変更する
ことを覚えた。少しずつ、意味がわかり始めた。
今にして思えば、この時点で僕の人生は決まっていた。
恐らくはあまりよくない方向に。

電源を切ると、ソースコードは消えてしまうから、
専用のテープレコーダを買って、つないで記録した。
どうやってカセットテープなんかに記録するのか
見当もつかなかった僕には、それはまさに魔法だった。

やがて、2KB という空間を狭く感じ始めた頃、
次のバージョンが出た。4KB に、僕は狂喜した。
僕はさらにのめりこんでいった。

その後、友達に借りたもう少しマシなやつを使っていた。
それもゲーム機だったけど、もっとパソコンよりのヤツだ。
雑誌を買って、BASIC のプログラムを作りつづけた。
BASIC 以外の言語は、存在すら知らなかった。

僕は自覚し始めていた。大人になったらコンピュータの
仕事をしよう。どんな仕事かなんて全然知らなかったのに。

あの時、素直に大学で情報科学系を専攻していたら、
僕は UNIX や C 言語なんかにどっぷり漬かって、
救いようのない非社交的なオタクになっていたかもしれない。
ただでさえ僕にはその素質が十分にあったのだから。

幸運なことに、僕はひねくれていた。文学部にいったのだ。
そこで心理学を専攻した。不思議なことに、ほとんど丸4年、
プログラミングとは無縁の生活をした。それに体育会系の
サークルに入っていたので、そこで人間関係や礼儀を覚えた。

就職を目前にして、僕の目はやっと元の方へ向いた。
コンピュータの仕事をするという考えは変わっていなかったから、
その時、初めて大学のコンピュータルームに入った。
そこで、初めて C 言語というものをさわった。
丸5年くらいはプログラミングをしていなかった。
それが良かったのだろう。僕の頭はほどよくリセットされていた。

たしか、面接に行った会社で、文学部だったら資格をとった
方がいいといわれて、情報処理試験を受けることにしたんだ。
言われたとおりにするくらい、当時の僕は純朴だった。
で、C、COBOL、FORTRAN、アセンブラから
1つ選ぶ必要があったんだ。不思議なことに、特に迷わなかった。
僕は C 言語を選んだ。
これも、とても幸運なことだったと今になって思う。

その頃、僕は初めてのパソコンを買った。普通のヤツだ。
C/C++ のコンパイラも買ってきて、家でもプログラミングが
できるようになった。でも、その頃は卒業論文と自動車学校と
アルバイト4つかけもちとサークルの活動があったから、
生活はめちゃくちゃだった。

いつ頃から C++ に傾倒し始めたんだろう。
オブジェクト指向には抵抗を感じなかったし、むしろ自然だと思った。
大きな言語だったから、時間はかかった。でも、楽しい言語だ。
Java には興味を感じなかった。これも不思議な話だ。
僕には、Java は特定の領域に特化した、 C++ のサブセットにしか
感じられなかったのだ。必要になったらやればいい。
僕のネイティブは C++ でいい。そんな考えだった。

最初に STL を知ったのは、いつ頃だっただろうか。
最初は、そのすごさが理解すらできなかった。
僕にとっては、とんでもないものだった。
これにも僕はハマった。その考え方自体に、テクニックに。
そして template に。

仕事では、どうしても VB や VBA を使わざるを
得なかったから、STL のようなジェネリックなライブラリが
あったらいいなと思い始めた。VB や VBA に時間を
取られたくなかった。だから僕は VBGeneric を書き始めた。

さぁ、これで今現在の僕にたどり着いた。これからどうなっていくか
わからないけど、必要なことがあったらまた書き足すことにしよう。

 

 


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